「サナート・クマラと国常立尊、スサノオ、ルシファーの関係」のアクセス数がとても多いので、日月神示の観点から続きを書きたいと思います。
やや重複する箇所もありますが、ご容赦ください。
サナート・クマラはキリスト教でいうところのルシファーで、さらには国常立大神もサナート・クマラと同じ存在だと思います。またスサノオも同じではないかと思います。
国常立大神は、善の政治をやっていたのですが、悪神の謀議によって東北へ押しやられてしまいました。
同じようにスサノオも、天照大御神の弟なのですが、「荒ぶる神」と言われています。ですが日月神示によると、「荒ぶる神」というのは「現れる神」だとあります。つまり、スサノオは冤罪だったのです。
『この世の罪穢れ負いて夜となく昼となく護り下さるスサノオの神様、篤く祀りくれよ。』(「日月の巻」第三十二帖)
『素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救い主の大神であることがわからねば、岩戸は開けんぞ。(「極め之巻」第二十帖』
またルシファーは別名ルーシェルともいい、もとは「大天使」と言われ、ミカエル・ガブリエルと共に「三大天使」と言われていました。
アダムとイヴがエデンの園にいたころ、善悪を知る木の実(リンゴ)を「絶対に食べてはいけない」と言われていたにもかかわらず、ヘビがそそのかしてイヴに食べさせてしまった。その時のヘビが、サタンであり、ルシファーなのだと言われています。
ですが、ヘビがアダムとイヴにリンゴを食べさせることによって、二人に「自分たちが創造者である」ということを気付かせたのだ、と言います。
創造者であることを知ったアダムとイヴは、本当は追放されたのではなく、みずからエデンの園の外へと出ていった。
ということは、ヘビは悪いことをしたのだと思われているのですが、逆なのです。良いことをしたのに、サタンと呼ばれ、最も貶められてしまったのです。今でもルシファーといえば悪魔と言われて嫌われているのです。
本当は善だったのに、追いやられていたという点で、国常立大神もスサノオもルシファーも似ているのです。やはり同一存在なのだと思います。
キリストも「我は明けの明星である」と言っています。そのキリストも、最後は磔にされて殺されています。ですからキリストも冤罪で、「みな一緒なのだ」ということに気付きました。
このことに気付いてからまもなく、月刊「玉響」で、長典男先生が「仏教では波は旬じゅんという邪悪な存在がいると言われているが、誤解されている。」と言っていました。これも同じですね。
その波旬は、のちに孔雀明王になったそうです。これは、どの文献にも載っていません。
日月神示には「悪のお役」だけではなく「善のお役」とも書いてあります。
アヌンナキが悪のお役だとしたら、サナート・クマラは善のお役ということなのでしょう。
悪いからダメだということではないですが、どちらの流れから来ているのか、ということは見極めた方がいいですね。
今回は日月神示の観点から考察してみましたが、また新たな発見がありましたら続編を述べたいと思います。